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東日本大震災

2011年3月11日、宮城県仙台市にて被災しました。

こたつにあたりながら部屋でパソコンをいじっていたら、初期微動を感じ、本棚とモニタを押さえて待っていたら地震が起こりました。大雑把で見にくいですが下の画像は地震前と地震後の部屋の状態です。

地震前の部屋 地震後の部屋

3分位揺れたようですが、時間の感覚が麻痺していたので自分ではよく覚えていません。

今回の大地震の1ヶ月位前から、揺れを感じるとすぐに本棚とコタツの間に入り、本棚とコタツの上にあるモニタを押さえて揺れが収まるのを待っていたのですが、自分でなぜそう始めたのかよくわかりません。あらためて思うとその頃は地震の量が増えていたかもしれません。

南北に大きく揺れ(画像でいうと上下)、ちょうどコタツは畳んだ布団と並ぶようになっていたのであまり動かず、本棚を肩で押さえながら脚にコタツがあたり踏ん張りが効いていたようです。揺れている最中に、「これ、宮城県沖地震かなぁ」なんて思っていたら、机の上にあるパソコンが動き始め、「ありゃダメだな」とあきらめていたら案の定パソコンは机の上から飛んでいってしまいました。

揺れが収まり少し呆然としていましたが、あらためて部屋を見てみると、押さえていた本棚に本は無く、テレビは落ち、電子ピアノは180度回転して上下逆さまになっており、机の引き出しは部屋の隅にあり、部屋の真ん中にぶらさがっているはずの照明もピアノの裏に落ち、その他の物も床に散乱しているなど状態はひどかったですが、幸いにも体は無事だと思っていたら、後に気付いたのですが体の何ヶ所かにかさぶたが出来ていました。

電気が無くなった夜はとても暗く、ちょうど空も晴れていたのか、星の見え方が半端無く、これでもかと言うくらいの数と光でした。

電気と水は14日に復旧したと記憶しています。震災後4日くらいは外で避難生活(とは言うものの、ちょこちょこ家に戻って荷物の片付けなんかもしていたが)、その後親戚の所にお世話になり、27日に元の場所の近くに引越しをして、4月の頭にガスが通り、はじめてお風呂に入れました。4月7日夜の余震は自宅で就寝直前に大きな縦揺れを感じましたが、揺れの違い、建物の違い、それと地震に慣れてしまったのか、本震と比べると震度は同じでしたが大分揺れは小さく感じました(実際、物もあまり倒れず)。そして4月30日にネット環境が整い、ほぼ元の生活に戻れました。

最初の数日は時間の流れがとても遅く感じ、情報もほとんど入ってこない状態で、いろいろと不便なことがありましたが、沿岸の津波の映像を見たら自分は大したことなかったと思います。亡くなった方を思うと、この経験をこれからの人生でどう生かしていくのか、今後の大きな課題となるでしょう。

地震直後は諦めていたパソコンは机からフライしたにもかかわらず、多少の傷と凹みを残しながらも無事に動き、今もそのパソコンを使ってページ作っています。

最後に、懐中電灯なめんなよ! 前が見えなくて夜歩けないぞ! 段差でこけている人何回も見たぞ! 携帯電話の明かりでなんとかなると思うなよ! あっという間に電池切れだぞ! 水は大事なんだぞ! 飲み水は当たり前だが、うんこをビニール袋で包まなきゃならなくなるぞ! うまく処理できないと、とってもとっても臭いんだぞ! カロリーが気になる? 馬鹿野郎! 食料が乏しい中、カロリーハーフのマヨネーズをすするなんて何か違うぞ! 以上。

最終更新日
2011-05-18